toward the future

転職を機に、住み慣れた関西を離れ、東京にやってきました。あれから、ちょうど3年の月日が経ちました。「今」の自分を客観的に見てみると、3年前の自分が思い描いた自分とは、どこか違っているような気がしています。

悪い意味で、視野が広がり、周囲を見渡して、冷静に行動している自分がいるのです。勿論、相変わらず、他の人の評価などは大して気にしていません。ですが、何か違和感のようなものを覚えます。

それなりに、変化の激しい環境に身を置いているせいか、常に先読みして生きようとする癖がついてしまいました。そのため、世の中や社会の動きが何となく見えてしまい、日々が少しだけ、「つまらない」ものになってしまいました。

もしかしたら、「冒険心」や「好奇心」といったものを、失いつつあるのかもしれません。日々を生きるなかで、感情の動きが弱くなってしまっているのでしょう。楽しいや嬉しい、悲しいといったことを感じる機会が減ってきました。

3年前に東京に出てきたときは、右も左も分からずに、日々に不安が溢れていました。ただ、その分、懸命に生きようとする自分もいました。

また、新しいこととの出会いも多かったです。他の人から見ると、無謀だと思えることにも挑戦したり、バカなこともやっていました。それが、いつの間にか、少しずつ不安が消えていき、周りがクリアに見えるようになっていきました。

一見、不安がないことや、安定することは良いことのように思えます。しかし、私の場合は、どうもそれが良くない方向に作用してしまうようです。何となくですが、厳しい環境に身を置いていないと、生きている意味を見出せなくなるようです。

自分の変な性格に、つくづく嫌になってしまいますが、このような生き方しかできないのも事実です。嘆いても仕方ありません。

とりとめのない話が続いてしまいましたので、最後に締めに入ります。

未来は見えないからこその、「未来」です。だからこそ、人は懸命に生き、喜びや悲しみを感じるのだと思い知らされました。

何となく先が見えたり、予想ができたり、想定内で生きていくことに、一体どれほどの価値があるのだろうかと、つい考えてしまいます。

次の3年間で、自分はどんな未来に進めるのだろうか。できれば、想像もつかない未来に辿り着いていることを願いたい。その為に、「今」の連続を生き抜いていかなければいけない。

止まることなく、歩いていこう。
必ずや、まだ見ぬ「未来」に行くことができるはず。