後編では、コーチングの具体的なやり方について書いていきます。前編でも少し書きましたが、コーチングは「プロセス」と「サイクル」の掛け合わせで展開していきます。
「プロセス?サイクル?何それ…」
先ず「プロセス」とは、コーチングを進めていくための「横軸」のことです。具体的には、下記の順に相手をガイドしていきます。
気づき → 行動 → 継続 → 達成・解決
要は、PDCA(Plan/Do/Check/Action)とほぼ同じ内容です。ただし、コーチングでは「Plan」は軽めで大丈夫です。行動、行動、行動。そして、フィードバックと改善の繰り返しで軌道修正していきます。
そして、各プロセスにおいて、サイクルという「縦軸」を回していきます。サイクルは「傾聴」「承認」「質問」の3つの要素から成ります。サイクルは、相手とのコミュニケーションの取り方です。おそらく、このサイクルがコーチングの具体的なやり方に相当し、皆さんが一番知りたいことだと思います。
「そうそう。具体的なコミュニケーションの取り方が知りたいの」
従って、後編の記事では、このサイクルの回し方について書きます。実際にこのサイクルの回し方をマスターすれば、あなたの想像を上回る効果が得られます。それほどに、コーチングが正しく機能した際の力は強烈です。文面だけでは伝えきれないほどに。
1. コーチングの始め方
コーチングは、対話(コミュニケーション)であると前編で書きました。具体的には、「傾聴」「承認」「質問」のサイクルを回します。ここで、サイクルはどの要素から始まるのかが問題になります。どの要素から始まると思いますか?
「え?多分、質問かな。いや、やっぱり話を聴く傾聴かな…」
どの要素から始めるのかは、相手の状況によって異なります。ただし、「承認」から始まることはありません。基本的には、「傾聴」か「質問」から入ります。
相手が自分自身の悩みや課題について気づいており、それを聴いて欲しいと思っている場合は、「傾聴」から入ればいいでしょう。
それ以外、つまり、相手が自分自身の状況を、きちんと整理できていない場合は、「質問」から入ります。ただし、ここで注意すべきは、最初から核心をつくようなストレートで重い質問はNGだということです。
信頼関係がない場合は、特に注意が必要です。相手から話を聴き出していくための最初の質問なので、軽めにゆっくりと始めます。具体的には、「最近、何だか元気ないけど何かあったの?」とか「最近、仕事で悩んでいると聞いたよ」など。
「なるほど、最初は軽めの質問から始めるのがいいのか」
そして、下記のサイクルをゆっくりと回していきます。
・・・ → 傾聴 → 承認 → 質問 → 傾聴 → ・・・
では、サイクルの各要素を説明していきます。
2. 傾聴の方法
先ずは「傾聴」の方法を説明します。読んで字のごとく、相手に傾き、話を聴くことです。大切なので、もう一度言います。相手の話を聴くことです。絶対に自分は話しません。また、相手に対して意見もしません。さらに、相手の話を遮ったり、止めることもしません。
一見、簡単そうに思えますが、実は「傾聴」がコーチングで一番難しい要素です。想像してみてください。自分は一切話さずに、相手の話だけを1時間くらいただ聴いている状況を。
「うわー。むりかも。何かすぐにアドバイスしたくなる」
「相手の話だけ聴くなんて、メリットないし時間の無駄だよ」
おそらく、皆さん、最初は「傾聴」に苦戦されると思います。しかし、この「傾聴」ができないと、コーチングは上手くいきません。基本的には、人間は自分自身には興味はありますが、他人には興味がないのです。人間は自分が話したいし、自分に関する話がしたいのです。
思い出してみてください。上司や先輩、親などは、本当に自分の話を真剣に聴いてくれていますか?
「いや、途中で話を止められ、相手が話しだす…」
「話を聴くどころか、逆に説教が始まってしまいます」
おそらく、多くの場合は自分の話はあまり聴いてもらえず、逆に相手から話をされてしまいます。部下や後輩、子どもの話に興味がないのです。たとえ話を聞いてくれても表面的にだけです。そして、その話について、ああすべきだとか、こうすべきだとか意見されます。
いやいや、話を聴いて欲しいのに、何で意見されるのか。なぜだ。なんで誰も話を聴いてくれないのか。もう嫌だ。誰か私の話を聴いてください。どこか遠くに逃げてしまいたい。
はい。つまり、そういうことです。きっと、相手も同じように話したいし、話を聴いてもらいたいと思っているはずです。ちゃんと、相手の立場に立って、考えてみましょう。話をしにいったのに、逆に話をされたり、意見されたりしたら、うんざりしますよね。きっと、相手も同じはずです。
「確かに。ちょっと気をつけないといけないかも…」
と言うことで、「傾聴」の説明は以上です。相手の話を聴く。以上です。こちら側から何か特別なことをする訳ではありません。逆に、話を聴く以外のことは「やらない」のです。むしろ、やらないことの方に焦点を当てましょう。
もし、「傾聴」ができるようになれば、相手との人間関係が円滑になります。あなたの信頼度も格段に上がります。いざという時や、相手に何か依頼する際にも、おそらく快く引き受けてくれるようになるでしょう。
これは想像を上回る、極めて大きな効果です。相手の話をじっくりと聴くことで、とんでもない効果が得られるのです。これは本当の話です。
「傾聴」のポイント
傾聴のポイントをまとめておきます。
【やってはいけないこと】
- 相手の話を遮る、止める
- 自分が話す、自分の話をする
- 意見やアドバイス、説教をする
- 退屈そうな態度、興味のない態度を取る
【やること】
- 相手の話を聴く
- 相手の話に興味を示す
- 相槌を打つ
- 相手の言葉を繰り返し、確認する
3. 承認の方法
次は「承認」の方法を説明します。承認ってどういう意味だと思いますか?
「えっと、仕事で上司からもらう判子のこと?」
そうきましたか。これも字を見て想像してみましょう。何かを承けて、認めるという感じですね。何をうけるのでしょうか。
「うーん。あ!まさか、さっきの傾聴かな…」
素晴らしい、その通りです。傾聴、つまり、相手から聴いた話をうけて、その内容を認めるということです。
「なるほど、傾聴と承認は繋がっているのですね」
はい。では、具体的にどのように認めるのでしょうか。少し考えてみてください。
「相手の努力を誉めるとかかな?」
そうですね。つまり、認めるとは、相手の言動に対して、その行為を肯定してあげるということです。ただし、ここで注意すべきことがあります。相手の言動をすべて認めてはいけません。相手の話には「ポジティブ」な内容と、「ネガティブ」な内容が混在しています。
「ポジティブ?ネガティブ?」
例えば、ポジティブな内容は、努力していること、頑張っていること、自分なりに工夫していることなどです。ネガティブな内容とは、誰かの悪口だとか、愚痴などの類です。ネガティブな内容まで認めてあげるのはナンセンスです。では、相手からネガティブな話が出た場合はどうするべきか。
具体的な例で説明してみます。
例えば、相手から上記のような話が出たとしましょう。前半のアイデアを提案しているという内容は、努力したり、工夫している部分です。これはポジティブな内容で、承認するに値します。しかし、後半の内容は、上司を批判するネガティブな内容です。
このようなケースでは、ポジティブな内容とネガティブな内容を切り分け、ネガティブな内容については承認しません。ただし、否定もしません。基本的には、ネガティブな内容については特に言及しません。
誰が正しくて、誰が間違っているかなど、第三者であるコーチには分かりません。それを判断しません。コーチングでは、そこは重要な問題ではないのです。
「そうなんだ。具体的には、どのように承認すればいいの?」
例えば、「そうなんだ、色々と大変みたいだね。私も昔同じようなことがあった気がする。何となく気持ちは分かるわ。」と言って、軽く共感しつつ、ネガティブな内容は全力でスルーします。
そして、「でも、〇〇さん、すごい前向きに仕事に取り組んでいるよね。その努力は、長期的に見れば、会社にとてもプラスの影響を与えると思う。〇〇さん、きっと、部下からも信頼される素敵な上司になれると思うけどね。」と言って承認します。
「なるほど。確かに見事にスルーして、ポジティブな内容だけ承認している…」
コーチングでは、ポジティブな内容のみに限定して承認します。なぜなら、ネガティブな内容を承認すると、相手の志向性やマインドが「下向き」になるからです。そうなると、そのまま落ちていきます。これは絶対に、何があっても避けなければいけません。
ネガティブな内容を承認すると、一時的には、相手の気分が晴れ、ストレスが軽減されるかもしれません。しかし、それは対症療法であり、短期的な解決策でしかないのです。これを繰り返していると、相手は主体的に問題解決したり、目標達成する力をドンドンと失っていきます。コーチはこれを決して促進してはいけません。
最初は難しいかもしれません。しかし、ポジティブな内容に限定した承認ができるようになれば、相手の志向性やマインドを「上向き」に持っていくことができます。これが、コーチングの能動的な作用です。この小さなプラス効果の蓄積が、相手の主体性を劇的に向上させる起爆剤になるのです。
「承認」のポイント
承認のポイントをまとめておきます。
【やること】
- ポジティブな内容とネガティブな内容に切り分ける
- ポジティブな内容のみ認める
- ネガティブな内容は完全にスルーする
【やってはいけないこと】
- ネガティブな内容を認める
- 相手の志向性やマインドを下向きにする
4. 質問の方法
最後は「質問」の方法を説明します。さて、コーチングでは、なぜ質問をするのでしょうか。
「相手に考えさせるためとか?」
いい感じの回答です。基本的にコーチングでは、問題解決や目標達成に向けて、相手がどうすべきかを、相手自身が気づいていけるように質問していきます。
ただし、注意すべきは、コーチの意見を押しつけたり、アドバイスするのではないということです。決して誘導せずに、相手がどう考えるのか、どう感じるのか、どう思うのかを質問していきます。
また、質問が続くと相手にストレスがかかってきます。質問と質問の間に、傾聴と承認を挟んで、相手にストレスが蓄積しにくいように調整することが大切です。
「質問しすぎてもダメなんだね。具体的には何を質問すればいいの?」
質問する内容は、相手の状態によって都度変えていきます。ここでは、コーチングの初期に行うべき、2タイプの質問を紹介しておきます。
タイプ1(殻の中にいる状態)
先ずは、相手が現状を上手く整理できていない場合です。この場合は、相手の視野が狭くなっていることが多いです。どうしたらよいか、何をしたらよいか、どうなればよいか、全然分からなくなっている状態です。
このようなケースでは、相手に対してあまり質問を多用してはいけません。少しずつ、本当に少しずつ、「どうしたいのか」「どうなりたいのか」を質問していきます。とてつもなく根気が必要になります。相手が答えを出せるまで、数年かかることもあります。
また、コーチは、相手に答えをすぐに出させてはいけません。焦らせてはいけません。どっしりと構えて、相手が自分自身の考えや思っていることを話し出すまで、待ってあげることも大切です。
また、相手が出した答えが、本心や本音ではないケースもあります。信頼関係が構築できていない場合は、相手は本音など語ってくれません。相手が話していることがすべて本当だと思ってはいけません。
真偽を見抜く方法としては、言動の一致を確認していきます。基本的に、相手の本心や本音は自然と行動に現れてきます。言動が一致していない場合は、相手は本心や本音をまだ隠していると思われます。
「なるほど。この辺りの質問は、少し難しそう…」
タイプ2(殻を破ろうとする状態)
次は、相手が現状に対して、自分なりの考えや答えを持っている場合です。タイプ1を脱した状態です。この状態では、ある程度の方向づけはできています。後は、そこに到達するための具体的な経路や方法を知っていく必要があります。
この場合に質問すべき内容は、目的地に到達するには「何が必要なのか」ということです。相手が定めた目標や課題にアプローチしていくための、知識、スキル、経験、資源(リソース)などが何なのかを、相手自身に気づいていってもらいます。さらに、どのような手順で、どのようなペースで進めていくかも質問しましょう。
質問する上で注意すべき点は、こちらから積極的に情報を与えないということです。あくまでヒントくらいに留め、その上で相手が自分自身で考えていけるように質問することが大切です。
情報を与えだすと、それは「ティーチング」になってしまいます。「コーチング」では、相手自身に考えさせます。でなければ、相手はいつまで経っても、受け身の姿勢のままです。こちらが何かしてあげなければ、何もできないような人間になってしまいます。
短期的に見れば、ティーチングは効率的に相手の行動を促します。しかし、その行動はすぐに止まってしまいます。相手は、自分の限界を超えていく行動を起こさなくなります。長期的に見て、コーチングでは相手が自分の限界を自ら超えていくように質問していくのです。
「うーん。少し難しいけど、何となくは分かったかも!」
「質問」のポイント
質問のポイントをまとめておきます。
【やること】
- 相手に考えさせる
- 相手自身に気づいてもらう
- 相手が答えを出すのを待つ
【やってはいけないこと】
- 意見を押しつける
- アドバイスをする
- 積極的に情報を与える
最後にコーチングの参考図書を紹介しておきます。これを読めばかなりの知識が身につきますので、挑戦してみてください。
まとめ
今回は、私が実践しているコーチングの具体的なやり方を紹介しました。
押さえておくべきポイントとしては、
- 「傾聴」「承認」「質問」のサイクルを回す
- 「傾聴」では、とにかく相手の話を聴くことに集中する
- 「承認」では、相手の志向性やマインドを「上向き」にする
- 「質問」では、相手が自走できるように考えさせる