「キャリア」と聞いて、皆さんはどのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。

・エリート層や官僚を想像しますね
・確か、仕事の職歴のような意味だったかな

多くの日本人が先ずイメージするのは、「仕事」や「職歴」に関連する事だと思います。ネットで調べてみても、“一生にわたる職業上の経歴”などの説明が中心でした。

人が生きていく上で、“働くこと”は必要不可欠な要素でしょう。生活費としての給料は勿論、やりがいや成長実感も得ることができます。

ですが、私は“働くこと”は生きる上での必要条件であって、「働くこと=生きること」ではないと思います。あくまで、“生きること”が主であり目的だと考えるからです。

となると、何のために、どのように生きるのかという問いに至ります。そこで、「キャリア」を“働くこと”も含めた包括的な生き方と定義して、個人のキャリアをどのように構築していくべきかを考えていきたいと思います。

日本では、“働くこと”について考える人は多いのですが、“生きること”について考えている人はまだ少数だと思います。私も以前まではそうでした。

皆さんも周囲の人の事を少し思い浮かべてみてください。“働くこと”だけに焦点を当てて、“生きること”を見失っている社会人が日本を占拠しているのではないでしょうか。

別に“働くこと”を否定しているのではありません。何度も言いますが、“働くこと”は条件や手段であって、“生きること”が目的です。

より良い働き方ができたからといって、充実した人生が手に入るとは限りません。しっかりと“生きること”に焦点を当てて、そこから“働くこと”にブレイクダウンしていく必要があります。

しかし、なぜ多くの日本人が“働くこと”に没頭し、“生きること”にまで考えが至っていないのでしょうか。

それは、生き方について考える「習慣」がないためです。これは日本の受け身的な学校教育に原因の発端があると個人的には考えています。つまり、若いときに自分の人生について真剣に考える機会が与えられなかったことが影響しているのです。

かく言う私も、大学時代までは学問中心の勉強オンリーで、特に深く人生を考えることをしていませんでした。当然のごとく、周囲に流されるように就職し、職場でもとにかく一生懸命に“働くこと”を金科玉条のように刷り込まれました。

何のために働くのか、自分に合った働き方はどのようなものかを考える機会がないまま大人になってしまいました。無論、“生きること”に関しても。

会社から給料を貰っているのだから仕方ない、社会人とはそんなものだと多くの人は言うでしょう。確かにその考え方も一理あります。

しかし、それは親世代(高度経済成長期~バブル時代)の働き方や生き方を盲目的に継承しているだけで、本当は何も考えていないのではないか。

つまり、いつまでも過去の成功体験を信じ、これからもそれが永遠と続くのだろうと多くの日本人が思考停止状態に陥っているのではないでしょうか。

私の仮説では、今後の時代において、周囲に流された働き方や生き方をしている人は間違いなく沈んでいくと思います。少し厳しいですが、何も考えずに人と同じことをしている人の価値は相対的に低下していく時代だからです。

先人たちの遺産を食い潰し、辛うじて延命できているのが今の日本です。ぶら下がるだけの人たちを養えるほど、この国は余力がないのです。個人一人ひとりが真剣に考え、自立していくことが何よりも重要です。

では、個々人はどうしていけば良いのか。
次回につづく。